1歳年を取りました~資産運用現況点検

年月は早いもの! 先日また1歳年を取りました。
誕生日を忘れても良い年になってきたが、Facebookオールに皆様からのメッセージをいただいてやはり嬉しくなりました。
嬉しくなるとともに、今年5月に母親がなくなった際実家へ戻りお通夜と葬式などのあと、ある友人に言われた言葉を思い出しました。「親が生きているなら、貴方は幾つになってもまだ子供だけど、これで貴方は大人になりましたからしっかりしてね!」。
感無量です。

以前の誕生日はどんな感想だったのか、ブログを遡ってみたが、2年前のを見つけました。こんなふうです↓
2016年の誕生日所感
日本年金制度の改悪により、将来定年後の生活への不安感の愚痴でした。

確かに、近年実家戻る度、中国の親友たちの生活品質がアップしているような気がします。特に年金がダウンされるどころか、年々少しずつアップし続けているため、定年近くの人々は、みんな定年後の生活を憧れるというのが主流のようです。定年後でも働かないと生活レベルが一気に低下する日本のサラリーマンと、雰囲気がかなり違いますね。

余談はさておき、日本年金制度が段々改悪されて何もしないとやばいと近年強く意識してきました。
顧みると、2年前の誕生日所感ブログに書いたDMM FX口座を確かに作りましたが、1万単位での取引なので恐れ恐れやってみたりしただけです。もしまだ20か30代なら失敗しても余生がまだ早いから大したことじゃないが、この年だとどうしても大損が怖いです。なのでDMMに申し訳ない気持ちで、ただ1年ぐらいほったらかしてクローズしました。利益が2000円未満でした(笑)

その後、いろいろと調べてから1単位から取引できるSBIFxの口座を作りました。1単位、10単位、100単位、500単位でやってみて、徐々に慣れてきたらほぼ1000単位でのポジション構築に定着。
現在口座の概要▼
元本⇒120万 ポジション⇒ TRY/JPY64000 / NZD/JPY29000 / ZAR/JPY28000 / USD/JPY5000
1日スワップ収益⇒大体800-950円、年間収益見込み⇒大体30万弱
今年と来年の短期戦略戦術:
1. 上記ポジションを長期所持するつもりでいながら、
2. 偶にドルが急伸する時ショットのディトレーをチャレンジ
3. 証拠金維持率が200%を下回ると、追加入金
4. 資産が150万円を超えたら30万円出金し、上記3.の為にキープしておく

この口座なら、ローリスクで長期やって行けると思います!

また、会社が来年4月開始予定の企業型DC(企業型確定拠出年金)への加入を検討します!

避暑地である中国国家森林公園「黄水」観光

8月初旬に帰省し、10日に重慶空港でFBや日中交流の場で交流を深めてきた童心社田中社長ご夫婦を迎え、私の生まれ育った石柱県に近い避暑地である中国国家森林公園「黄水」や周辺観光地をご案内いたしました。
「ご案内」と言っても、実は私の出身地は変化が大変大きく少数民族土家族とされたのも、私が大学に入ってからのことだった為、私も今回はほとんど初めて行ったり見たりしました。一緒に旅を楽しんだと言えます。

1日目は、両親が文革中に下放されて私が誕生から中学校までにいた橋頭(ダム作りのため水没された)へ、山や水に囲まれる農家楽「楠渓逸園」にて、鳥や虫で奏でているハーモニーの中で美味しい農家料理をいただきました。
14日までに、10数名の親友と旧交を温めました。プロレベルの詩人兼画家兼書法家の鄧さんから田中社長へ書法を贈られるとともに、私にも一枚くれました。普通はくれないが田中社長のお陰です。

14日までの5日間に、アマチュアガイドの私は親友達に大変お世話になりました。

8月10日 石柱 – 重庆 – 石柱 車で出迎える陳さん(週末夕方の動車チケットが取れなかった為)
8月11日 黄水周辺未公開3カ所をわざわざ開放するように調整手配した郭さん
8月11日 唐時代に遡れる皇家寺银杏堂のストーリーを大変詳しくご説明くださった银杏堂歴史研究家の杨居士
8月10-13日 石柱 – 黄水及び周辺観光点間の移動運転手兼案内
8月11-12日 黄水 – 石柱及び周辺観光点をほぼ24時間アテンドしてくれた高校の友人
8月13日 体調不良で宴会に来れなかったが、田中社長ご夫婦の為にとっても上品で地方特色ある小鳥清河客栈を予約した譚さん
8月13日 私が企画し皆を誘った黄焖鸡宴会で、最初から最後まで手足を広げ無理やりに私をレジへの道を塞いた数人の男性友人
8月13日 宴会の後、田中社长へ体験マッサージサービスを20分钟提供した鄧師父
8月14日 火鍋昼食会で再会した劉先生ご夫婦
8月14日 火鍋昼食をご馳走なおさら田中社長へ書法を贈ったプロ並みの詩人兼画家兼書法家の鄧さん

等など。書ききれず言い尽くせない感謝の気持ちでいっぱいです。

ただ、残念なことも一つありました。
中国の油っぽい美食を食べ過ぎて13日午後からお腹を壊してしまい、13日夜の宴会と14日昼の火鍋食事会では見るだけでして、現在も体調を整えるように食事はお粥や面食等にしています。(笑)

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安崎先生のご冥福を心よりお祈りいたします

昨日、日中交流雑誌「和華」編集長の孫さんが主催した安崎暁先生を偲ぶ会に出席いたしました。
小規模の会でしたが、参加者達と一緒に、日中国交回復前から50年に渡って日中経済文化交流に大変尽力した方、経済や社会への卓越な貢献で国から藍綬褒章と旭日重光章を授与された人物、12種類もの三国志を読んだ三国スーパーファン、去年去年10月に晩期ガンが見つかり12月に自ら企画開催した生前葬に当たる「感謝の会」で、お故郷の美しく素晴らしい阿波踊りの中で、千人近くの来場者とお別れの握手をしたりお礼を言ったりし、世界中の人々が心を打たれた非凡な方を偲びました。

この数年間、安崎先生の余生三等分主義(1.世のため人のため 2.家族や友人のため 3.自分のため)の中の①を手伝わせていただきました。2冊の本を中国語に翻訳していながら、乱世に生まれた安崎先生の人生がまさに孟子のお言葉の通りだと思っていました。「天将降大任于斯人也,必先苦其心志,劳其筋骨,饿其体肤。- 天の将に大任を斯の人に降さんとするや、必ず先ずその心志を苦しめ、その筋骨を労し、その体膚を餓えしめ」。また、常に著者としての安崎先生が和魂漢才か、漢魂和才なのかを考え、グローバル的に活躍されたし英語もペラペラだから、洋和漢魂才だと言うのが相応しいかもしれないと思ったりしました。

安崎先生の余生三等分主義の1.を手伝うことを通じて、私も世のため人のために微力を捧げたと思います。なお、私自身にとって翻訳スキルアップやキャリアアップだけでなく、「終活」という二文字や健康寿命を含み人生についての考えや理解も一段アップできました。これは、在日20数年にかかわったことの中で一番実りある光栄な仕事です。

安崎先生のご冥福を心よりお祈りいたします。

童心社見学記

昨日、中国故郷の友人夫婦と留学中の息子さんを連れて童心社を見学致しました。

この友人劉さんとは、同じ故郷だったが、私よりいくつか年下だから、今までどんな仕事をされているのか余り関心なかった。
先月、日本観光に行くよと、彼から中国のSNS Wechatで声を掛けられてから交流が増えてきて、多数の子会社持ちの巨大中国出版グループのシニア編集主幹(大学にたとえるなら、教授位)だと分かり、観光や買物ばかりじゃなくて日本の出版社見学を提案しました。そして、Facebookや交流会で交流を保っている童心社の田中社長にご相談し、童心社の見学を決めました。

やはり、劉さんは童心社の少数精鋭な陣営や作品の精緻さに大変感心しました。紙芝居以外の児童作品に興味を示したが版権がすでに完売されたと聞いて残念がってました。

夕方、田中社長の行きつけの蕎麦屋さんで、様々な美味しい日本酒や日本料理を頂きながら、楽しい会話を続けました。
真夏に私の故郷から車で1時間弱離れ、真夏でも10度前後の国家森林公園(黄水)へ行こうという話になりました。黄水は、まだ自然そのものですので、私を含め、ほとんどの人は一度行ってみたら、癖になって、夏になるとまた行きたくなるところです。5月に入って早々企画したいと思います!Meeting

また、面白いことに、今日私は劉さんの出版社と童心社の売上と社員数で、人当たりの売上を計算してみたら、びっくりする結果が出ました。
劉さんのグループ会社年間売上20億元(約334億円)で社員数1300以上 VS 童心社は年間売上14.25億円で社員数26人
劉さんのグループ会社 約25,700,000円/人 VS 童心社 約54,800,000円/人

童心社の人当たりの売上は、劉さんのグループ会社の人当たり売上の2.1倍強です!

これをWechatで投稿したら、規模を追求する中国企業、精緻さと効率を極める日本企業、日本企業の強いところを認めるべき等など、様々なコメントが入ってきました。
中に、独特なコメントもありました。中国の出版社は1300名か1300家庭をを養っているが、童心社は26名だけ養っているから、中国が勝つと。このコメントは真剣か冗談かは別にして、私は笑ってました。確かに経営的な立場で言うと童心社が勝つが、民生的に言えば劉さんグループですね。立場を変えて物事をみれば、敗者が勝者にもなる。大変お面白いです。

ちなみに、劉さんと童心社の田中社長は、お互いの強いところを認め合い、和気あいあいでした。平和で良いですね!

いろんな意味合いで、こちらこそ安崎暁先生に感謝を申し上げたい

今日は、日中経済交流の大先鋒でコマツ元社長 安崎暁先生の「感謝の会」に出席いたしました。

赤坂ANAコンチネンタルホテルのB1会場へ入ろうとした際、入場をさせない媒体関係者も結構いました。彼らをみて、私が入場できて大変有り難いです。こちらこそ、安崎先生に感謝を申し上げたい気持ちです。

今まで安崎先生とのやり取りで、500人位来るとお伺いしましたが、実際、会場には大勢の方々が見えて、とっても500人だけに見えませんでした。

安崎先生の2冊目の中国語版の本の企画や出版をしてなお本の出版直後今年9月初旬安崎先生に講演を頼んだ中国の健峰企管のCEO葉様も「こちらこそ安崎先生に感謝を申し上げます」為に、この「感謝の会」にわざわざやってきました。

車椅子に座った安崎先生は、会場の中をまわり、皆さんと握手したり気軽にご挨拶や雑談をされました。顔には苦しみとか全然見せなかったが、お伺いしたら胸のほうへ指差して痛いよと…笑顔を見せながらおっしゃってました。どれほど強い意思の持ち主か、想像がつきません。

終盤頃、徳島県の阿波踊りが始まり、あまりの美しさ、素晴らしさに感動し涙を堪えるほどでした。

人生の幕を自らこんな素敵な閉じ方で閉じる安崎先生から逆にパワーをいっぱいいただきまして本当に感謝感激です。

先日、ある先生より頂いた薬(森元首相の癌を治したというオプジーボ)に関する情報を安崎先生へ転送いたしましたら、「高額な薬を使って日本の財政悪化を進めるようなことはやりたくない。」と、言葉を失わせるご返信いただきました。処方薬じゃないから国の財政悪化を進めることないと、後日再度メールで申し上げて見ようと思っております。

また、この「感謝の会」のお陰で、久しぶりに数人の友人に再会できて嬉しかったです。

いろんな意味合いで、こちらこそ安崎先生に感謝を申し上げたいと思います。

最後に、誰でも出口辺りに設置されているビデオカメラを向けて安崎先生へ音声メッセージを残せるので、私も並んで私のメッセージを残しました「安崎先生、頑張ってもう10年間生きてください。この会をただのイベントにしましょう!」

いつか安崎暁武勇伝を翻訳したいですね

10月に入ってから、コマツ元社長安崎暁先生がご入院されるというお知らせを受けて、お見舞いのメールをお送りいたしました。その後頂いたご返信に、「小生の腹部のガンは発生した場所が悪く既に転移もあり、手術不能と判定されました。
小生の死生観から抗がん剤や放射線による治療は不要とお断りしました。
早ければ年内にも皆様とお別れとなる「かも」知れません。」とありました。
大変驚いていながら、年にゴルフを100回やる安崎先生の冗談じゃないかと思いました。

実は、4年前に安崎先生のお仕事を手伝いはじめてから、「死」にかかわる話題がしょっちゅうありました。「私は後2、3年で死にますから、よろしくね!」という口癖やある尊厳死会の会員だと、笑い話としてよくお伺いしました。

上記した経緯から今回もまさかと思ってましたが、メールのやり取りをしたら、12月11日に生前お別れ会をやるというお知らせメールを頂きました。まだ元気なうちにお世話になった方々と握手したりお礼を言いお別れするそうです。20日の日経新聞に広告が掲載されるのを知って、20に日経新聞を買ってきて「感謝会」という形での広告を見つけました。ネットに載せて良いかどうかを迷っていると、ネットでかなり拡散されていることに気付きました。安崎先生ならではのこのような「終活」から、私を含む人々は逆に力を頂き大きく励まされています。

まさか、今年9月に安崎先生の2冊目の中国語の本の出版後、通訳としてご案内した中国への旅は、彼の最後の中国の旅になってしまうのか?今でも信じがたい気持ちです。

ネット上山ほどのコメントの中に、私が安崎先生へ出したメールと似たような内容がありました〜このお別れ会の後でまた10年生きればこの会がただの面白いイベントになります。

また、下記のようなことを申し上げました〜生活習慣を改善しお体自身の免疫力をアップすれば、癌を撃退できるでしょう。いつか3冊目の本を書けるほどお元気になることをお祈りします。3冊目の本を翻訳するチャンスを頂ければ幸いです。

そう、いつか安崎暁武勇伝を翻訳したいですね。

安崎先生著『夢を蒔く』の1次翻訳ようやく完了

去る2ヶ月間、アフター5にはほとんどの付き合いをやめ、家に閉じこんて安崎先生の2冊目の本『夢を蒔く』の中国語翻訳を済ませました。これから中国側出版社と著者間の確認作業など少なくないが、1次翻訳作業が終わりまずほっとしています。

今日は、安崎先生及び編集係の関眞次先生との会合で、はじめて安崎先生の奥様にもお会いしました。食べ飲みながら、安崎先生の原稿のお話になると、奥様は、面白半分で「彼の日本語がちょっと変でしょう、私でも読んで分からないのよ、皆さんは大変お疲れ様でした!」とおっしゃてました。(大笑い)

オー神様!!!私を翻訳ソフトだと思っているのか

今の会社で5年以上勤めてきました。給与を貰っての仕事は中国語翻訳ですがいつからだったか忘れたが、給与無しでサービス業務として英語の翻訳依頼もだんだん増えてきました。そして、よく同僚達に面白半分で聞かれるのは、韓国語の翻訳できるの?フランス語の翻訳できるの?イタリア語の翻訳できるの?スペイン語の翻訳できるの?アラビア語の翻訳できるの?…オー神様!!!私を翻訳ソフトだと思っているのか?そんなにできたらここじゃなくて国連で偉い仕事をしてるよと回答してしまい、皆さんは笑って済ませしてくれます。

しかし、思いもよらないことに、笑って済ましてくれないこともありました。
昨日事務所に入ると、机の上に資料がおいてあり、冗談じゃなくてまともな依頼メモもありました〜韓国語でお願いしますと。My god! まさかよ、笑いたいか泣きたいかわけわからなくなってしまいました…電話して断りましたが困ったなと言われました。良ければ世界共通語の英語にしましょうかと提案して見たら良いことになりました。さあ一件落着。職場では偶にこんな訳の分からない出来事あって泣きたいが、楽しい…

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「ココナラ」でワンコイン中国語サービス出品中!

近年外国人観光者の急増で中国語のポスターも急増しています。
中に、私達中国人を大笑わせるものが度々目に入ってきます。
観光者に中国のWechatなどのSNSサイトにシェアされて爆笑を誘うものも少なくありません。
おそらく翻訳ソフトの”傑作”でしょう。

このような状況を少しでも改善し、第二故郷になった日本の国際的なイメージの維持に貢献したいと思って、
ワンコイン料金で「ココナラ」へ中国語サービスを出品しました!

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遣唐使留学僧弘法大師空海の足跡を辿る四国遍路文化ミニ体験レポート(気ままな乱記?)

6月15日のブログ「遣唐使留学僧弘法大師空海の足跡を辿る四国遍路文化ミニ体験(予定)」に書いたスケジュール通りに、7月12日~13日徳島を旅してまいりました。

2日間と言っても12日午後神山町見学や翌日午後安崎先生の講演会参加がマストなので、時間的にお寺巡りは一軒もできなかった。が、弘法大師空海の足跡を巡る四国遍路文化体験というタイトルを変えるつもりも、変える必要もないと思います。
何故かと言えば、この2日間、空海が何回も話題になったり、私の頭にも時々ごく自然に浮かんできたので、彼が今でも生きているという説を当たり前のほど信じるようになったからです。

さっそく、時系列に気ままに書きたいと思います。

●神山町見学
7月12日12半頃、日中交流誌「和華」孫秀蓮編集長と一緒にJAL便で徳島空港に到着し、到着ロビーで、すぐに出迎えに来てくださった安崎先生のご友人で株式会社リレイションの祁答院社長と顔合わせができました。
祁答院社長がとっても優しい方で、私たちを乗せた車を神山町への山道を走りながら、私たちから連発する質問ににご回答をいただきました。
約1時間後、神山町に着いてさっぱり昼食後、幾つかの会社が入っているサテライトオフィスへご案内、資料を使って簡単なレクチャーをしてくださいました。satellite office
レクチャーによると、高齢化や過疎化などの問題を抱え人口が6000人に激減した神山町でしたが、NPOグリーンバレーと地元住民や行政と密接に連携行動し懸命に神山町の起死回生に取り組んでいました。そしてサテライトオフィスを利用する会社や移住者が増えて2011年に転入数が転出数を上回るという実績をあげて総務省にICT活用地域活性化モデルとされるようになりましたと、等々素晴らしいお話を聞かせ、徳島県の方々の立派な活動に感心しながら、ひょっとしたら空海も密かに神山町の起死回生に一助となられたかもしれないと思いました。

その後、札幌から神山町への移住者で中山啓さまご夫婦のお宅を見学し、古民家の建替えに励んでいる奥様の姿が強烈なインパクトを与えてくださいました。元グラフィックデザイナーの奥様は、ご購入の180年もの歴史ある古民家の設計から建替えまでをすべて自らやっているそうです。Mr. Nakayama-family2
古民家の再建が奥様のご趣味であり毎日の生活になっていると、ベトナム語がペラペラ喋れるご主人の中山様がおっしゃってました。その体力や耐力や精神力はどこから得たのでしょう?もしかして…大変感心して、失礼じゃなければ、奥様を神山町の神姉様とお呼びしたいです。

また、WEEK神山というお店を見学しました。外から見ると特殊な印象を与えてくれなかったが、中に入るとなかなか出たくないところです。優雅で芸術家のスタジオみたいし、とっても落ち着かせる雰囲気なので、本当に料理屋ですかと何回も尋ねました。Week kamiyama1店を出るとゲストハウスが目の前にあります。店とゲストハウスも再生された古民家でまだ木の香りがして、青山に囲まれ、心身のリフレッシュに最適なところでしょう。

ちなみに、祁答院社長も徳島市への移住者で、NPO活動家兼企業家として、神山塾の運営やいろんなビジネスの開拓に携わり、NPOとビジネスのハイブリッド化などを通じて神山町の起死回生のために大いに腕前を発揮されている方です。

●ミニ日中懇親会

JC social gathering at Tokushima city
JC social gathering at Tokushima city

 

さて、7月12日夕方頃、神山町を出ました。休めずに車を運転して徳島市へ向かう祁答院社長に申し訳ないですが、私と孫さんは知らずに仮眠したりしてました。ホテルにチェックインして一休み後、祁答院社長はまた迎えにくる約束をしてくださいました。

そしてチェックイン1時間後、予定通りに祁答院社長とホテルのロビで集合し、どこかの居酒屋で飲み食べ話ししようとホテルを出ました。途中、祁答院社長はもう一人ご友人が来るよと言って間もなく、ご友人3人もいらして、中国人2人、日本人4人のミニ日中懇親会へ発展!

初めて入ってみた居酒屋は満席だったので、また周りの店をのぞんだりしてもう一カ所小さいが良さそうな居酒屋に入れました。
何を食べたのかを覚えてないが、すべて美味しかっただけを覚えています。

実は、美味しい料理よりも、新しく出会った祁答院社長のご友人3人との話し合いのほうが印象に残っています。

この日の会話と翌日の会話をまとめますと、

まず前職が公認会計士だった岡田育大様、徳島実家の林業経営者として、伝統経営から環境配慮型へ、家族経営から地域活性化へ、経営理念や方向転換し、主に東京と徳島間で様々な新しいビジネスを開拓し実践している、存在感が極めて大きいと思われる実業家です。

次いでは元カメラマンの株式会社丸菱を経営している石井友規様、今は4K映像コンテンツの制作を通して徳島の魅力アピールに取り組んでいます。4K番組が見れるテレビはすでに商品化されているが、4Kコンテンツが少ないのが現状でこの現状を変えようと。また、来る東京オリンピックの開催時から、8Kコンテンツが放送されるので、恐らくその時から4Kが淘汰されるでしょうと。なお、人間の目にも限界があり、8K以上のコンテンツが出たとしても8Kを取り替えることがないだろう、8Kが主流になるだろうと。
技術革新が早すぎてついて行けないような気がしますが、かなり新鮮な話題で大変勉強になりました。
せめて8Kの時代前の短い4K時代に、4Kテレビを購入する必要があるかどうかを判断材料をいただきました。

そして3人目は旅人理事の伊祁宏将様で地域活性化への貢献を熱望している方です。
伊祁様の父親がお寺の住職さまですので、自然的に彼と空海が話題になり、空海がまだ生きているという話で盛り上がりました。
また、あるお寺の住職さまがなくなり、後継ぎがいないので韓国人の奥様が後継いでいるお話を聞いて女性も住職になれることが初耳でかなり驚きましたが、よく考えてみると、そのお寺の存続という大きなことに比べると、お寺の住職を引き継ぐ方が男性か女性か、形の問題に過ぎないことを悟りました。

日本で伝統を守りながら新しいことも受け入れる、このような体質を整えられているのは、数多い伝統が百年も千年も守られてきた一要因じゃないかと思います。

2時間ぐらいの日中懇親会では、美味しく飲み食べながら、四人と楽しく話し合い多くのことを学びました。

●阿波踊りに酔いまくり

ミニ日中交流会の翌日朝一、ホテルでさっぱりした朝食を食べて一休み、また迎えにいらした祁答院社長と一緒に安崎先生を迎いに空港へ向かいました。
昼頃、安崎先生、昨日ミニ交流会参加者全員に加え、もう一人岡田さまの秘書、合わせて8人が一緒に昼食を食べました。

安崎先生のご提案で、岡田さまの秘書が孫さんと私を車に乗せて阿波踊り会館へ向かいました。

毎年7月から8月、日本全国を大いに盛り上げる様々な盆踊り祭りは、日本夏の一大風物になっています。
数年前に私は新宿駅近くで阿波踊りを見たことがありますが、その発祥地の徳島県で見るのが初めてでした。
小さな会館ですが、阿波踊りが始まると、目の前の阿波踊りの迫力に震撼し、その独特の美しさに目を奪われて心も奪われました。
朴質無華という中国語成語があり、質素で飾りないという意味で、質素を強調するので華美と無縁のように思われますが、阿波踊りは、男踊りの質素さと女踊りの華美さ、何故か二つのイメージが極自然に重なり凄艶さを演出しています。阿波踊りを見ながら、朴質無華という本来の中国語が、朴質驚艶という姿で頭に浮かんできました。
最後の踊りは、曲名が分からないが、光と踊りで吹雪、月、桜色などが素早く入れ替わり、四季の風景や人間仙境を素晴らしく演出されました。眼も心も酔わされました。
それに、ずっと身を低くして踊る男性が艶ぽっく上品で優雅に踊る女性達をより美しく引き立ているのも大変面白くて、紳士的だと大変感心しました…

●安崎先生講演会及び懇親会

その後、安崎先生の講演会場へ向かいました。
会場に着くと、また来場者300名以上の盛大会場の迫力に震撼しました。
16時頃から安崎会長による「戦わずして勝つ経営体質作り」をテーマとする講演を拝聴し、
その後、とくぎんサクセスクラブ会員懇親会に出席し、美味しい地元料理を別腹でも入れないほど堪能しました。

「戦わずして勝つ経営体質作り」講演会&懇親会の様子は、下記のレポートに纏めております▼
安崎会長、7月13日徳島銀行主催の講演会で講演レポート
Meeting at Tokushima

2日間と短い旅でしたが、東京圏で見れない風景を見れて、体験できない独特の伝統文化を体験できてたくさんのことを学びました。

●今も生き続ける空海

最後になりますが、タイトルにあげた四国遍路の話題に戻ります。
今回は四国八十八箇所巡礼は一箇所でもできなかったが、空海がどこかのお寺にじっと閉じ込んで瞑想やお経を唱える修行僧でなく、彼の足跡が八十八箇所のお寺を繋げる道に遍在するに違いない。私が2日間に踏んだ道には、きっと空海の足跡も残されていると思います。

遣唐留学僧の空海について億分の一しか知らないかもしれないが、彼が唐から学んだのはお経を唱えるだけではなく、井戸堀り技術など現世庶民に役立つものもありました。そして、彼はこういった技術の普及や衆生救済のため香川県の堤防建設を含む土木事業を多数行いました。
空海が四国に残したのが、"DO”のDNAで、金銭よりも遥かに莫大な財産、あるいは財産を増やせる豊富な文化資源だと思います。

安崎先生の「戦わずして勝つ経営体質作り」という講演が理論だらけだはなく、"DO”のお話や"DO”による実績のお話が盛りだくさんありました。
なお、神山町の山道や古民家の再建に励んでいる神姉さんやこの2日間にお会いした方々の生き生きした姿にも、時代を超える空海の"DO”のDNAが潜んでいるじゃないかと思います。

そもそも仏教的に生死についての認識は俗世のと異なるので、空海は、間違いなく瞑想や念仏や唐の先生からの教えなどをすべて超越し、時代や国境の妨げも超越して生きているのです。(End)
 

如6月15日博文「遣唐使留学僧弘法大師空海の足跡を辿る四国遍路文化ミニ体験(予定)」所言,我于7月12日~13日进行了徳島之旅。

虽说旅程共有2天,但是因为12日中午到达德岛后参观神山町以及翌日下午出席安崎先生讲演会的节目必不可少,时间上就不可能安排遍路巡礼了。不过即使如此,我也不打算更改“弘法大師空海の足跡を巡る四国遍路文化体験”这个题目,也觉得没有必要更改。
为什么呢,因为在2天的旅游中,空海好几次成了话题,更时不时自然而然地浮现在我脑海里,不知不觉中让我也相信他现在还活着的说法当然是真的了。

接下来按照时间顺序想到啥就写啥。

●参观神山町
7月12日12点半左右,我与日中交流志「和华」编辑长孙秀莲一起乘坐JAL航班到达徳島机场,在到达厅很快就与前来迎接我们的,安崎先生的友人株式会社リレイション的祁答院社长汇合了。
祁答院社长非常亲切随和,在驾驶载着我们两人的车前往神山町的途中,一边奔驰在山道上,一边耐心回答我俩的连连提问。
大约1時間后,我们到达神山町,用过清淡的午餐后,他带着我俩到了被好几家公司借用的卫星办公室,并使用资料给我们简单地上了一课。
从授课得知,受高龄化和人口过疏化等问题影响,神山町住民曾剧减到6000人,在此状况下,NPOグリーンバレー和地方住民以及行政机构紧密携手拼命发掘实施了各式各样的对策以图神山町的起死回生。随着这些活动的深入展开,利用神山町服务的公司以及移住者渐渐增加,终于在2011年取得了迁入住民数超出迁出住民数的实绩,被总务省列为通过活用ICT实现地域活性化的模范样板等等,听着这些精彩的解说,一边被德岛县人了不起的行为所感动,一边思量,空海是否也在暗中为神山町的起死回生加了一把劲呢?

之后,我们参观了从札幌迁入神山町的中山啓夫妇家。在那里,中山夫人拼命重建古民屋的英姿给我了极大的震撼。

Mr. NY-family
日复一日自己动手重建古民屋的中山夫妇

中山夫人原为平面设计师,自从购入这已有180年历史的古民屋后,从设计到重建都是她自己日复一日亲手在进行。能说一口流利越南话的中山先生说重建古民屋已经是他夫人的兴趣也是她每日的生活。
我很好奇她如何有这般体力、耐力以及精神力,莫非…感动至极,如果不失礼的话,我很想称她为神山町的神姐。

接着我们还参观了一家名为“WEEK神山”的小巧玲珑的饭店。从外观看这个饭店并没什么特别之处,不过脚一踏入就不想出来了。里面装饰简单却极为优雅,好似艺术家的工作间,气氛也让人赏心悦目,心定神清,我不由问了好几次,这真是吃饭的地方啊?Week kamiyama2
出了店门,眼前便是旅舍,这个店和旅舍也是重建的古民屋,散发着木头的清香,感觉此处青山环抱,该是一个最适合修养身心的好地方。Week kamiyama3

话说祁答院社长也是从其他县迁入徳島市,作为NPO活动家兼企业家,身体力行于神山塾的运营以及各种事业的开拓、致力于NPO和实业的融合等等,在力图让神山町起死回生的实业中大显身手。

●迷你日中联欢会

却说7月12日傍晚时分,我们离开神山町。祁答院社长马不停蹄地开车返回德岛市,我和孙桑却不知不觉在座位上打起盹来。祁答院社长和我们约好,我们入住宾馆休息一下后他再来接我们。Hotel

我们入住宾馆一小时后,如约在前台大厅与祁答院社长会合,准备一起找家居酒屋吃点喝点也聊聊天。在途中祁答院社长说他有个朋友要来参加,这话说完不到一会儿,他朋友还带着另外两个朋友来了,如此发展成了中国人2名,日本人4名参加的迷你中日联欢会!

我们进入的第一家居酒屋满席了,于是出了店在周围另找其他店,最后进入了一家小巧玲珑看似不错的居酒屋。
我不太记得在那里吃了什么,只记得吃了不少美味佳肴。

然而比起美味佳肴,与刚刚认识的祁答院社长的3位朋友的对话却更为记忆深刻。

总结与他们这天和第二天的对话:

首先,曾为公认会计士的岡田育大様,从事于徳島老家的林业经营,从传统经营到环保型经营、从家族経営到地域活性化、转换経営理念以及方向、以東京和徳島为主要据点尝试开拓了各式各样的实业并付诸于实践,感觉是位存在感极大的实业家。

接着是曾为摄影家,现经营着株式会社丸菱的石井友規様,现致力于展示德岛魅力的4K映像制作。
现在能看4K节目的电视机已经面世,遗憾的是4K节目却极少,他的任务则是要力图改善这种状况。
另外,在东京奥运会举办之际,8K节目又将开始放送,那时4K节目恐怕要被淘汰了。
进而,他说人的眼睛也有限度,因此那之后即使再有8K以上的节目出现,估计代替8K不太可能,因此将来8K应该成为主流。
当今技术革新太快,虽感觉难以跟上,不过从这些新鲜话题学到了不少东西。
至少在8K时代到来前的短短的4K時代,是否有必要购买4K电视机呢,这些话题于我无疑是有用的判断材料。

第3位是旅人理事伊祁宏将様,在热心于德岛地域活性化活动中也正处当年。
伊祁様的父亲为一寺庙的住持,因此与他之间空海自然而然就又成了热门话题。
另外,听他说有个寺庙的住持离世后,没有继承人,最后由他的韓国人夫人继承其位。
头一次听说女性也可担任寺庙的住職,我大为惊讶,不过仔细想想就感悟到了,与寺庙的存续大事相比,继承寺庙住持一职是男还是女,只不过是个形式问题罢了。

日本,一边守护传统,一边接纳新事物,也许这种体质正是让许多传统得以传承百年甚至千年的要因之一吧。

2个小时左右的迷你日中联欢会,不仅享受了美味佳肴,还从与4位实业家愉快的对话中大大长了见识,可谓受益匪浅。
Tokushima city

●惊艳醉人的阿波舞

在迷你日中交流会的第二天清晨,我们在下榻宾馆的宾馆用过清单可口的早餐,稍事休息后,乘坐前来迎接我们的祁答院社长的车,前往机场迎接安崎先生。
中午安崎先生、昨天出席迷你日中交流会全员,新加一位岡田先生的秘书,合计8人一起共进午餐。

在安崎先生的提一下,岡田先生的秘书开车送孙桑和我去了阿波舞蹈会馆。

毎年从7月到8月,五彩缤纷的盆舞大会在日本全国遍地开花,热闹非凡,堪称日本夏季的一大风物。
我曾在新宿站附近看过阿波舞,不过却是头一次在其起源地徳島县观看。
会馆虽小,但是阿波舞在眼前一开始,我就震撼于其魄力,眼睛和心灵都被其独特的美丽深深吸引了。
中国有个成语叫“朴实无华”,朴素而无浮华之意,因其强调朴素,通常说来似乎无缘于华丽,
然而阿波舞男舞者的朴素和女舞者的华美这两种元素却极为自然地结合在一起,演绎成无与伦比的艳丽。
于是看着阿波舞,“朴实无华”这个中国成语在我脑海里便自然而然地幻化成了“朴实惊艳”这四个字。
不知道最后一曲的曲名,在灯光演绎的飘雪、月光、桜花的颜色等景色快速变幻中的最后一曲阿波舞更是精彩纷呈,舞者们顷刻间便舞出了四季风光,人间仙境,来客们醉了双眼也醉了心灵。
另外,男舞者们一直低着身子舞蹈,把女舞者们的性感和优雅尤其衬托得淋漓尽致,看着有趣,更感于男舞者们甘当绿叶的绅士气度…awa-dancing1

●出席安崎先生讲演会和联欢会

从阿波舞会馆出来后,我们直奔安崎先生的讲演会场。
到了会场,又被坐满300名以上来客的盛大会場震撼了。
我们人真倾听了16点左右开始的,安崎先生以「打造不战而胜经营体制」为主体的讲演,
之后在とくぎんサクセスクラブ会员联欢会上大块朵颐了一顿德岛的当地美味料理。

有关「打造不战而胜经营体制」讲演会以及联欢会的样子,可点击下面链接阅读相关报告▼
安崎会長、7月13日徳島銀行主催の講演会で講演レポート

2天之旅虽短,却看了在东京圈看不到的风景、体验了在东京圈体验不到的德岛独特的传统文化,得益匪浅。

●跨越时空活在当今的空海

最后,想回到标题所示四国遍路的话题。
这次虽说四国八十八个巡礼处一个也没能去,但是空海并非那种闭关冥想或者念经的修行僧,
他的足迹定是链接着八十八个巡礼处,遍及四国。
因此在我2天里踏过的路上,想来也有空海留下的足迹。

或者对于遣唐留学僧空海,我知道的不到一亿分之一,然而我知道他从大唐学来的并不仅仅是念经,还有钻井技术之类能造福于现世民众的东西。他致力于这些技术的普及,并身体力行地实施了香川县的堤防建设等等造福四国众生的土木事业。
空海给四国留下的是"DO”的DNA,是远比金钱庞大的财产,或者说是能让财产增值的丰富的文化资源。

安崎先生的「打造不战而胜经营体制」的主题演讲的意义并非在于纯理论性的泛泛阔论,更在于其中大部分"DO”的内容以及"DO”出来的实迹。
另外,神山町的山道,奋力重建古民屋的神姐,以及这2天里见到各位企业家们生机勃勃的身影里,
我想都潜伏着空海那超越时代的"DO”之DNA。

有关生死的认识,佛教与俗世本就有所不同,空海,确确实实超越了古来的冥想僧、念经僧,升华了大唐师傅所授,从而也超越時代与国境,活在当今。(End)awa-dancing2