童心社見学記

昨日、中国故郷の友人夫婦と留学中の息子さんを連れて童心社を見学致しました。

この友人劉さんとは、同じ故郷だったが、私よりいくつか年下だから、今までどんな仕事をされているのか余り関心なかった。
先月、日本観光に行くよと、彼から中国のSNS Wechatで声を掛けられてから交流が増えてきて、多数の子会社持ちの巨大中国出版グループのシニア編集主幹(大学にたとえるなら、教授位)だと分かり、観光や買物ばかりじゃなくて日本の出版社見学を提案しました。そして、Facebookや交流会で交流を保っている童心社の田中社長にご相談し、童心社の見学を決めました。

やはり、劉さんは童心社の少数精鋭な陣営や作品の精緻さに大変感心しました。紙芝居以外の児童作品に興味を示したが版権がすでに完売されたと聞いて残念がってました。

夕方、田中社長の行きつけの蕎麦屋さんで、様々な美味しい日本酒や日本料理を頂きながら、楽しい会話を続けました。
真夏に私の故郷から車で1時間弱離れ、真夏でも10度前後の国家森林公園(黄水)へ行こうという話になりました。黄水は、まだ自然そのものですので、私を含め、ほとんどの人は一度行ってみたら、癖になって、夏になるとまた行きたくなるところです。5月に入って早々企画したいと思います!Meeting

また、面白いことに、今日私は劉さんの出版社と童心社の売上と社員数で、人当たりの売上を計算してみたら、びっくりする結果が出ました。
劉さんのグループ会社年間売上20億元(約334億円)で社員数1300以上 VS 童心社は年間売上14.25億円で社員数26人
劉さんのグループ会社 約25,700,000円/人 VS 童心社 約54,800,000円/人

童心社の人当たりの売上は、劉さんのグループ会社の人当たり売上の2.1倍強です!

これをWechatで投稿したら、規模を追求する中国企業、精緻さと効率を極める日本企業、日本企業の強いところを認めるべき等など、様々なコメントが入ってきました。
中に、独特なコメントもありました。中国の出版社は1300名か1300家庭をを養っているが、童心社は26名だけ養っているから、中国が勝つと。このコメントは真剣か冗談かは別にして、私は笑ってました。確かに経営的な立場で言うと童心社が勝つが、民生的に言えば劉さんグループですね。立場を変えて物事をみれば、敗者が勝者にもなる。大変お面白いです。

ちなみに、劉さんと童心社の田中社長は、お互いの強いところを認め合い、和気あいあいでした。平和で良いですね!

成都からの幼馴染と数年ぶりに会いました

今日は、中国の成都から日本観光にやってきた幼馴染と数年ぶりに会って、明治神宮、新宿、銀座等をご案内しました。

私の若い時の浴衣を持参し、着付けてあげました。綺麗な彼女にピッタリでした。casual and cotton kimono

私よりただ1カッ月年下の彼女ですが、綺麗を保っているというよりも、年とともに綺麗さが増してきているようで、びっくりしました。

逆生長の彼女と順成長の私と並んで立つと、娘と母のように見えているじゃないかと、今日一日、私のセリフでした(笑)

午前10時に明治神宮で集合し、観光や食事や買物などを案内したり喋ったりしてあっという間に夕方が迫ってきました。at Meiji jingu
18時発の成田空港近くのホテル行のバスに乗ることになっているので、5時過ぎた頃、銀座から明治神宮迄見送りしてあげました。大変楽しかったです!
近年、来日観光の友人が増えてきています。
明日も、来日観光中の友人夫婦をご案内致します。

健康が宝です

中国のSNS微信(Wechat)で、毎日自分の美しい写真やお孫さんの写真や美食などをアップしている友達の投稿を見て羨ましくてしょうがない。

そして、自分の誇りに思うものがないかを探しまくったら、健康診断の結果しかなかった(笑)Health checkup

去年と今年、連続2回、数値が全て正常範囲内だったため、各項目の結果ともAでした。
昨日これをWechatにアップして彼らに対抗してみたら、評判がかなり良かったので自信回復(笑)

この歳になると、健康が宝ですね。

これからも、持続可能な健康維持に頑張って行こうと思います。



やっと、大きな山を超えた

先月、ある交流会で出会った方に、ある本の翻訳をやってくれないかと言われました。

今までは、日本語から中国語への翻訳がメインで、中国語から日本語への翻訳も承ってきたが、大体短いものでした。
が、今回は本ですし、内容が美学関係のため、かなりハードな仕事になるでしょうから、一瞬迷っていたのですが、難しいからこそ、やり甲斐ある仕事じゃないかと、一緒にいる友人に一緒にやろうと声をかけて受けてしまいました。

実際に作業を始めると、想像以上に大変でした。
本ですから、たとえ中国語を日本語にできたとしても、正しい日本語になっているのかを常に疑ってしまいます。
そして、何回も読んだり何回も調べたりします。
また、聞いたこともない花や木や動物などの名称を調べてもぴったりの日本語がなくて、英語を調べてから日本語を調べるという流れになります…一ヶ月の間、夢の中でも自分が訳したものをチェックしています・・・

今日、やっと完了し、一通り自己校正も実施し入稿しました。
大きな山を超えてほっとしている気分です。

コマツ元社長安崎暁先生 末期癌から奇跡の回復

    去年12月11日に、末期肺癌、肝癌、胆囊癌にかかったコマツ元社長安崎暁先生が参加者千人位規模の感謝の会を行ってから1ヶ月以上立ちました。

    1ヶ月余にわたり数多い媒体やテレビ局からのインタビューや出演依頼を断ってきた安崎先生は、ようやくご支援の日中交流雑誌創刊者の孫秀蓮さんからのインタビュー依頼に応じるようになり、私も幸いに同席することになりました。

    今日午後、先生がご自宅ビルの違う階にある一室で2時間ぐらい孫さんからのインタビューを受けました。

    その前には待ち合わせるところで、ただ2ヶ月未満で車椅子なしで立てるようになったのだけじゃなく、歩いている先生の姿を見てほっとする前にびっくりしました。放射線治療を拒否したのがなんて勇敢かつ英明なご決断でしょう!

    末期がん患者の復活の証人として、偉い精神力の証人として、彼を支える奥様の愛の証人として、20世紀日本の経済発展に大きく貢献された功人が引退後、閻魔と戦いながら伝説な人物への過程の1レポーターとして同席いたしました。

    頂いた大きな力をシェアさせて頂きます。

境由心生か

昨日午後何時からだったかな、大雪が降リ出した。退社後電車が遅れたが動いてよかった。ようやく最寄駅に到着してバスに乗って帰宅しようとしたが、バス停の前には長蛇の列!何時になったら乗れるのかは分からないから歩くことを決めました。

途中で大雪が傘に落ちて積もって傘がだんだん重くなって来た。何回も傘を振って雪を振るい落として家へ進んだ。大雪、ちくしょうと心の中で罵りながら20分後やっと家に辿り着いた。

そして簡単な晩ご飯と温かいスープを食べてお風呂に1時間体を温め、一晩ゆっくり休みました。今朝家を出ると、なんと日差しが暖かく、雪景色も美しく清々しいものだ!昨日の大雪のお陰じゃないか。
一つの中国語が浮かんで来た、「境由心生」だ!昨日の大雪も美しいはずだけど、憎んだ。雪景色がどのように見えるのか、人のその時の心次第ですね!

企画者もテーマもない入退場自由な小型国際交流会~4時間以上も盛り上がり

meeting at biwamonogatariホテルと民宿と何が違うかといえば、雰囲気的に都市と村の違いに似ているところじゃないかと思います。
ホテルの宿泊客は同じテーブルに座ってもお互いにせいぜい挨拶ぐらいするでしょうが、民宿では違うテーブルに座っても10分もしないうちに一緒になって盛り上がリます。

1月2日の熱海 琵琶物語に数組の宿泊客がやって来ました。
私達のグループは近くの温泉から部屋に戻り、夕方頃キッチンで喋りながら食べはじめて間もなく他の宿泊客も次々と入って来ました。みんなは、お互いにHelloと挨拶から会話を交わし、小型国際交流会となりました。参加者は日本人、中国人、フランス人、アメリカ人、韓国人。企画者もいないし、テーマもないし、入退場自由ですが、なんと4時間以上も盛り上がりました。

大変楽しかったので、まだ気が早いのですが、今日は一緒に行ってきた安達ご夫婦と中国のSNS Wechatで次回のお正月の話で盛り上がってます。安達さんが曰く:. 民宿いいね、初めてでした、ホテルでは他の人とのつながりがないから、つまらないね…来年、おせちを家で作り、多賀で皆でお祝いしましよう(笑)。奥様が曰く:主人はフランス人の山深い田舎に行くつもりですよ、おしりが軽いもの、そわそわしてますよ。私も主人一人で行かせられないよ。行かなくても彼女もご一緒に如何(爆笑)

袴田さん、大変お世話になりました。また行きます!

いろんな意味合いで、こちらこそ安崎暁先生に感謝を申し上げたい

今日は、日中経済交流の大先鋒でコマツ元社長 安崎暁先生の「感謝の会」に出席いたしました。

赤坂ANAコンチネンタルホテルのB1会場へ入ろうとした際、入場をさせない媒体関係者も結構いました。彼らをみて、私が入場できて大変有り難いです。こちらこそ、安崎先生に感謝を申し上げたい気持ちです。

今まで安崎先生とのやり取りで、500人位来るとお伺いしましたが、実際、会場には大勢の方々が見えて、とっても500人だけに見えませんでした。

安崎先生の2冊目の中国語版の本の企画や出版をしてなお本の出版直後今年9月初旬安崎先生に講演を頼んだ中国の健峰企管のCEO葉様も「こちらこそ安崎先生に感謝を申し上げます」為に、この「感謝の会」にわざわざやってきました。

車椅子に座った安崎先生は、会場の中をまわり、皆さんと握手したり気軽にご挨拶や雑談をされました。顔には苦しみとか全然見せなかったが、お伺いしたら胸のほうへ指差して痛いよと…笑顔を見せながらおっしゃってました。どれほど強い意思の持ち主か、想像がつきません。

終盤頃、徳島県の阿波踊りが始まり、あまりの美しさ、素晴らしさに感動し涙を堪えるほどでした。

人生の幕を自らこんな素敵な閉じ方で閉じる安崎先生から逆にパワーをいっぱいいただきまして本当に感謝感激です。

先日、ある先生より頂いた薬(森元首相の癌を治したというオプジーボ)に関する情報を安崎先生へ転送いたしましたら、「高額な薬を使って日本の財政悪化を進めるようなことはやりたくない。」と、言葉を失わせるご返信いただきました。処方薬じゃないから国の財政悪化を進めることないと、後日再度メールで申し上げて見ようと思っております。

また、この「感謝の会」のお陰で、久しぶりに数人の友人に再会できて嬉しかったです。

いろんな意味合いで、こちらこそ安崎先生に感謝を申し上げたいと思います。

最後に、誰でも出口辺りに設置されているビデオカメラを向けて安崎先生へ音声メッセージを残せるので、私も並んで私のメッセージを残しました「安崎先生、頑張ってもう10年間生きてください。この会をただのイベントにしましょう!」

いつか安崎暁武勇伝を翻訳したいですね

10月に入ってから、コマツ元社長安崎暁先生がご入院されるというお知らせを受けて、お見舞いのメールをお送りいたしました。その後頂いたご返信に、「小生の腹部のガンは発生した場所が悪く既に転移もあり、手術不能と判定されました。
小生の死生観から抗がん剤や放射線による治療は不要とお断りしました。
早ければ年内にも皆様とお別れとなる「かも」知れません。」とありました。
大変驚いていながら、年にゴルフを100回やる安崎先生の冗談じゃないかと思いました。

実は、4年前に安崎先生のお仕事を手伝いはじめてから、「死」にかかわる話題がしょっちゅうありました。「私は後2、3年で死にますから、よろしくね!」という口癖やある尊厳死会の会員だと、笑い話としてよくお伺いしました。

上記した経緯から今回もまさかと思ってましたが、メールのやり取りをしたら、12月11日に生前お別れ会をやるというお知らせメールを頂きました。まだ元気なうちにお世話になった方々と握手したりお礼を言いお別れするそうです。20日の日経新聞に広告が掲載されるのを知って、20に日経新聞を買ってきて「感謝会」という形での広告を見つけました。ネットに載せて良いかどうかを迷っていると、ネットでかなり拡散されていることに気付きました。安崎先生ならではのこのような「終活」から、私を含む人々は逆に力を頂き大きく励まされています。

まさか、今年9月に安崎先生の2冊目の中国語の本の出版後、通訳としてご案内した中国への旅は、彼の最後の中国の旅になってしまうのか?今でも信じがたい気持ちです。

ネット上山ほどのコメントの中に、私が安崎先生へ出したメールと似たような内容がありました〜このお別れ会の後でまた10年生きればこの会がただの面白いイベントになります。

また、下記のようなことを申し上げました〜生活習慣を改善しお体自身の免疫力をアップすれば、癌を撃退できるでしょう。いつか3冊目の本を書けるほどお元気になることをお祈りします。3冊目の本を翻訳するチャンスを頂ければ幸いです。

そう、いつか安崎暁武勇伝を翻訳したいですね。